No.1前兆
凡蔵は仕事上転勤で薩摩の地鹿児島で
生活を送るようになる。
広島大学在学時に中国地方メインで活動してた以来
バンドに縁のなかった凡蔵はとある楽器屋に立ち寄る。
レコードショップひまわりである。
実に素朴なネーミング。
この楽器屋や土地柄がのちに
私のバンド人生を大きく変えることになるとは
思いもしなかったことである。
さて、同年のある日
鹿児島市内にあるソニースタジオで、
たまにはストレス発散したいなあと
ドラムなんかを叩いてみたくなり、
一人で独学でドラムを叩いていた。
学生時はベーシストとしてやっていたが、
鹿児島時分はベースも手放していたので
スタジオではドラムしか使えるものが無かった。
簡単なリズムはベースをやってた当初も
自分のバンドのドラマーを見ていたので
なんちゃって程度は叩けた。
そんな感じで数ヶ月たった頃に
私は鹿児島のチープパープルという
バンドのメンバーと仲良くなる。
彼らは私が練習していた日にかなずといっていいくらい
隣のスタジオで練習していた。
楽曲としてはオリジナルもあり、
またイングヴェイの完コピーをやってのける
超絶ギターリストの河野さんやドラムの東郷さん、
ベースはヘルプだったけど岩下さん、
そしてボーカルが坂元くんでした。
彼らはイングヴェイに限らず
オジーオズボーンやガンズなど
70〜80年代全盛だったバンドのコピーをやってました。
バンド名はパープルでも
ディープパープルはやらないポリシーのバンドでした。
鹿児島でもこんな超絶なバンドがいるんだと思い
私のバンド熱に火がつきました。
まずこのバンドと競演したい・・・それが始まりでした。
このバンドに対抗する音楽は・・・パープル?ジミヘン・・・
いや、やはりLEDZEPPELINだ・・。